労働基準法で定める法定労働時間を超えて労働させた場合や、休日に労働させた場合には、割増賃金の支払い、いわゆる残業代の支払いが必要となります。
残業代の支払いは、各従業員の基本給(残業基礎賃金)に応じて、各従業員の実際の残業時間数をもとに計算することが原則です。一方でこの給与計算を簡便化するために、一定額の残業手当を設定し、これを支払うことによってその都度この計算を省略することが固定残業代制の主な目的です。
固定残業代とは、現実の残業時間の有無や時間数に関わらず一定時間数の残業代を毎月定額で支給するという方法です。
例としては、月170時間として 基本給23万円 固定残業手当27,100円(20時間分の残業代) |
労働基準法の定める時間外労働や休日労働、深夜労働の割増賃金は、実際に支払われる割増賃金が法の定める計算方法により計算した額を下回らない限り、別の方法によっても問題はありません。そのため上記の例も一見すると問題なく、有効な方法にみられますが、書類の整備状況やその運用をしっかりとしておかないと、認められないケースもあります。
固定残業代について、判例においては会社側にとって厳しい判決も下されていますので、注意点をしっかりと押さえておく必要があります。
就業規則をはじめとした書類の整備は必須のものとなります。しかし、書類の整備だけでなく、運用をきちんとおこなっていないと、その有効性が否定される場合も多くありますので、注意が必要です。
また、実際の残業時間に基づいて法定どおり計算した割増賃金が、固定残業代を上回る場合には、その不足額を割増賃金として追加で支給する必要があります。つまり、定額で支給するからといっても、青天井で残業時間数が増えても、一定額までしか支払わないということでは違法となります。
「割増賃金部分が結果において法定の額を下回らない場合においては、これを同法(労基法)に違反するとまでいうことはできないが、割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金のは、同法同条に違反するものとして、無効」(平成14年5月17日・創栄コンサルタント事件・大阪地裁)
要するに、労働時間に対して、残業代が法定を下回っているかどうか、計算できないようであれば無効ということになります。
「割増賃金の趣旨で支給された右手当のうち、どの部分が同条所定の割増賃金に相当するかが明確に峻別できなくてはならないというべきである」(平成9年12月24日・共同輸送賃金等請求事件・大阪地裁)
つまり、定額で支給された残業代のうち、いくらが何時間分の割増賃金に相当するのかが、分かられなければならず、判別できないようであれば、無効とされることとなります。
これらのことから、定額の手当てとの関係で何時間を超えた場合、不足が生じ追加支給しなければならないかを予め確認しておき、必要が追加支給が確実に行われる必要があります。また、残業時間の実績管理は確実に行う必要があります。
就業規則(賃金規定)、雇用契約等の整備
賃金に残業代が含まれているといっても、その金額はいくらで、何時間分の残業第であるかをはっきりさせておかなければなりません。雇用契約書などに記載しておくことが必要です。この記載がなければ後からのトラブルにも発展する可能性がありますので、最初にしっかりと意思疎通しておくことが重要です。
①手当の名称など、固定残業代に該当する賃金項目(残業手当や固定残業手当など)を明記し、それが割増賃金に当たる旨を就業規則に規定します。
②実際の残業時間に基づいて法定どおり計算した割増賃金が、固定残業代を上回る場合には、その不足額を割増賃金として追加支給する旨を規定します。
③雇用契約書や賃金内訳書、給与明細書等に、固定残業代の項目及びその金額、含まれている時間数を明示しておきます。
給与明細の整備
実際の給与の支給にあたっては、次の2点が必要となります。
①給与明細において、固定残業代の項目およびその金額を明示すること
②不足分の割増賃金がある場合には、その賃金を表示し、支給すること
前述の基本給23万円、固定残業代27,100円(20時間の残業代)の場合で、30時間の残業をした場合はどうなるでしょう。
この場合、不足分が10時間分生じることになります。
そのため、23万円(170時間として試算)÷170×20時間として、27,058円≒27,100円としましたので、30時間とすると、40,588円となり、差額の10時間分の13,488円の追加支給が必要となります。
固定残業代の制度は、残業時間の有無およびその時間数に関わらず、毎月定額で支給するものですが、それでは、賃金計算期間中に残業時間がないばかりでなく、欠勤が続いた場合の扱いはどうなるでしょう。
一賃金計算期間の全期間を欠勤した場合を考えると、一度も出勤していないため、残業・深夜労働が生じることはなく、そのため割増賃金の支給義務が生じることはありません。また、基本給等は欠勤控除の対象となりますので、支給額は0円となります(賃金規定のないようにもよります)。この場合には固定残業代を支給しないことを賃金規定に明記しておくことで固定残業代の支給を行わないことが可能となると考えられます。
固定残業代を設定する際に、どこまで定めていいのか、上限はあるのかなど疑問が生じますが、参考となる裁判例があります。
ザ・ウィンザーホテルズインターナショナル事件判決(平成24年10月19日・札幌高裁)では、95時間の時間外労働を義務付けることは、使用者の業務運営に配慮しながらも、労働基準法36条2項の規定を無意味なものとするばかりでなく、安全配慮義務に違反し、公序良俗に反するおそれがあるとしています。また、「控訴人は、本件職務手当(固定残業代相当)が、95時間の時間外労働に対する対価であるとしていながら95時間を超える残業が生じても、これに対して全く時間外賃金を支払っていない」ことから、95時間分の固定残業代は、そもそも労使間で合意されたとは認められず、厚生労働省で定める残業時間基準(45時間)の趣旨に照らし、45時間分の時間外賃金として合意されたものとして、認めるのが相当であるとされました。
現在の時間外労働の上限規制等を踏まえて考えれば、月45時間~60時間が上限とするラインではないかと考えられます。
年棒制を会社が採用していても、その社員の賃金支払いに関しては、労働基準法に特別な例外規定はありませんので、一般的な労働基準法の条文がそのまま適用されます。つまり、割増賃金(残業代)も通常どおり支払わなければなりません。
固定残業代の考え方を年棒制を採用した会社(前述、創栄コンサルタント事件)では、年棒を12等分して月額の賃金として基本給として支給し、それ以外に所定時間外賃金名目の支給はなかった労働環境で、現実には、時間外労働をさせられていた社員が割増賃金の支払を求めた訴訟でした。結果、時効で消滅した分を除いて、時間外割増賃金の請求は認められました。